京都地方裁判所 平成4年(行ウ)26号 判決 1997年3月21日
京都市西京区松尾東ノ口町八番地
原告
国府久雄
右訴訟代理人弁護士
村井豊明
同
浅野則明
京都市右京区西院上花田町一〇番地の一
被告
右京税務署長 矢田文逸
右指定代理人
山崎敬二
同
西浦康文
同
谷口幸夫
同
南部久夫
同
西野康二
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し、平成三年二月二八日付けでした昭和六二年分所得税の総所得金額を六〇四万六一七〇円と更正した処分のうち二〇三万七〇〇〇円を超える部分、昭和六三年分所得税の総所得金額を七三二万八五五七円と更正した処分のうち二一九万九二〇三円を超える部分及び平成元年分所得税の総所得金額を五七五万五八一九円と更正した処分のうち二〇三万〇二六三円を超える部分並びにこれらに対応する過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
本件は、原告が被告のした第一記載の各処分(以下「本件処分」という。)に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消しを求める抗告訴訟である。
二 前提事実(争いのない事実)
原告は、肩書住所地において「松尾スリッター工業」の屋号でスリッター業を、京都市西京区上桂宮ノ後町三六番地において「ほっかほっか亭上桂店」の屋号で持ち帰り弁当製造販売業を、それぞれ営むいわゆる白色申告者であり、その昭和六二年ないし平成元年分の所得税の確定申告、修正申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求及び裁決の経緯は別紙1記載のとおりである。
三 争点
1 調査手続の適法性
2 推計の必要性
3 推計の合理性
第三争点に関する当事者の主張
一 被告
1 調査手続の適法性(争点1)について
被告が、原告において提出した昭和六二年分ないし平成元年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税の確定申告書に記載された所得金額が適正であるか否かを確認するため、被告の部下の担当職員(以下「担当職員」という。)をして行わしめた本件税務調査手続には以下のとおり担当職員においてその裁量権を逸脱ないし濫用した点はない。
(一) 調査の事前通知について
質問検査を実施する日時場所の事前通知は法律上の要件ではなく、その必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられている。
そして、本件では、担当職員は調査の初日には原告から「今日は忙しい。」と言われたために辞去しており、また、調査の過程においては、原告と事前連絡を取った上で原告の都合に合わせて原告方を訪れているから、調査の事前通知をしなかったことにより原告に格別不利益を与えていることもなく、違法事由は存しない。
(二) 調査理由不開示について
質問検査手続において調査の理由及び必要性の個別的かつ具体的な告知を行うことは法律上一律の要件とされているものでなく、前項同様税務職員の合理的裁量に委ねられている。本件では、担当職員と調査の初日において、原告に対し、「所得金額の確認である」旨の説明をしており、原告に格別不利益を与えていない。
なお、確定申告書へ添付することが義務付けられている収支内訳書には確定申告書に記載された事業所得の算出根拠となる収入金額及び各経費金額を勘定科目別に記載することになっているところ、原告は、確定申告書に添付すべき収支内訳書を提出していなかったから、担当職員が矛盾点を指摘して具体的かつ合理的な調査理由を示すことは現実にも不可能であった。
よって、調査理由の開示に関して違法事由は存しない。
(三) 反面調査について
反面調査の時期及び程度は、諸般の事情にかんがみ客観的な必要性があり、かつ、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量にゆだねられていると解すべきである。
本件においては、担当職員が原告に対し、税務職員に課せられた守秘義務等の関係で税務調査における第三者の立会いを認めることはできない旨を再三説明し、第三者の立会いを排除するように求めたにもかかわらず、原告がこの要求に全く応じなかったため、被告において調査に必要な帳簿書類等の提示を受けることができない以上、申告内容の確認が不可能であると判断して反面調査に移行したものであるから、反面調査に移行したことには十分な理由があったというべきである。
(四) 原告の主張する西京民主商工会ないし同会員に対する不当な弾圧について
被告の税務調査は適正課税の実現を目指し、厳正かつ公正に実施されており、特定の納税者を弾圧する目的で右調査が実施されることはない。
2 推計の必要性(争点2)について
担当職員は、平成二年一一月から平成三年二月までの間、延べ七回にわたり、原告方への臨場又は電話連絡により原告に対し昭和六二年ないし平成元年分における確定申告の基礎となった帳簿書類を提示して調査に協力するように再三要請した。しかし、原告は調査に関係のない第三者の立会いを要求するなどした上、持ち帰り弁当業に関する売上げが入金されているという京都市農業協同組合(以下「京都市農協」という。)松尾支店の普通預金の移動明細表以外の書類は一切提示しなかった。
このため、被告は、本件係争各年分にかかる原告の収入、仕入、経費の具体的な数額により所得金額を把握することができないため、実額によって原告の本件係争各年分の所得金額を算出することができなかった。
したがって、本件には推計の必要性が存在した。
3 推計の合理性(争点3)について
(一) 被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を算定するに当たり選定した同業者(以下単に「同業者」という。)の抽出基準及び推計方法は次のとおりである。
(1) 同業者の抽出基準
大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する被告及びその隣接地域を所轄する京都府下の上京、中京、下京、伏見、宇治及び園部の各税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、<1>スリッター機を用いて紙、ビニール等の受託加工業(スリッター業)を営む者及び<2>持ち帰り弁当製造販売業(ただし、ほっかほっか亭チェーンに加盟する者に限る。)を営む者で、本件係争各年分を通じて次のアないしカの条件のいずれにも該当する全ての者を抽出報告するよう通達指示した。
ア 青色申告書を提出していること。
イ 事業所が上京、中京、下京、右京、伏見、宇治及び園部の各税務署管内にあること。
ウ 他の業種目を兼業(明確に区分計算している者を除く。)していないこと。
エ 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
オ 売上金額が<1>については五〇〇万円以上二九〇〇万円未満であり、<2>については一七〇〇万円以上七五〇〇万円未満であること。
なお、売上金額の範囲は、<1>、<2>とも、原告の昭和六三年分の売上額の約二倍を上限とし昭和六二年分の売上額の約〇・五倍を下限としたものである。
カ 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。
(2) 同業者の選定件数及び同業者率の内容
同業者は<1>スリッター業を営む者が五名と<2>持ち帰り弁当製造販売業を営む者が七名であり、その売上金額、算出所得金額(売上金額から売上原価、一般経費及び専従者給与の金額を差し引いた額)、算出所得率(算出所得額の売上金額に対する割合)及び算出所得率の平均値は、別紙2の1ないし6記載のとおりである。
(3) 同業者の抽出過程
ア 抽出基準等
前記(1)の抽出基準は、原告の事業内容に基づいて設定したもので、当該基準により選定された同業者は原告と業種、業態、事業所の所在地及び事業規模において類似性を有し、しかもその申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、その金額等の算出根拠となった資料は全て正確なものである。
また、同業者の抽出は、大阪国税局長の通達に基づき各税務署長が抽出基準に該当する者全てを機械的に抽出したものであるから、その過程に恣意の介入する余地がない。
イ スリッター業の同業者の類似性
スリッターにはマイクロスリッターと幅広スリッターの二種類があるところ、同業者五名が事業所を置く宇治税務署管内には、幅広スリッターを使用している業者や、マイクロスリッターと幅広スリッターを併用している業者も存在する。また、マイクロスリッターの主たる材料は糸ではなく安価なポリエステルフィルムを素材とするものであるからいわゆる金糸を裁断すること自体が直ちに付加価値を高めることにはならないし、マイクロスリッターの場合切り幅が精密になる一方で手間と時間がかかるから幅広スリッターに比べて当然に所得率が上がるということもできない。
したがって、スリッター業に関する同業者にはいずれも原告との類似性が認められる。
ウ 持ち帰り弁当製造販売業に関する平均算出所得率の算定
原告は、自己が弁当製造販売業に就労していないことを前提に、被告が採用した持ち帰り弁当製造販売業に関する平均算出所得率に合理性がない旨主張する。しかし、原告は、レジペーパーの合計金額と現金合計額を突き合わせる作業、アルバイトの給与計算及びアルバイトの採用と時間給の決定などの業務に従事しているから、事業に従事していなかったとはいえない。また、一般に事業の経営者はその事業から生じる利潤を最大限にするため、経営方針を立て、労働及び金銭管理等何らかの形で経営に関与することによって、その目的を達成しようと行動するものであって、自ら現場で直接作業に従事する者から労務管理や記帳による計数管理等のみを行って経営状態を把握し必要な指示を出す者まで、その経営に関与する態様は千差万別である。そして、経営者自身が業務に直接従事するか否か、どの程度従事するか、従業員の数をどの程度の規模にするか等の事情は、経営者自身の経営方針によって自ずと定まるものである上、店長である従業員を雇う場合、人件費等の経費が増加する反面、熟練した店長である従業員が業務を効率的に遂行することによって経営者自身が就労する場合に比べて売上げが増加する等の利点もあるので、単純に経営者の就労の有無によってその所得率が大きく影響されるとはいえないから、経営者本人の就労の有無が平均算出所得率の算出に当たって包括捨象できない特殊事情であるということはできない。
したがって、本件係争各年分の持ち帰り弁当製造販売業に関する平均算出所得率の算定において、経営者自らが店舗内で就労していないという事情は取得率を顕著に低下させる事情とはいえない。
エ 以上によれば、被告が別紙2の1ないし6記載の平均算出所得率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことには合理性がある。
(二) 売上金額及び算出所得金額
(1) スリッター業について
ア 売上金額(争いがない。)
原告の本件係争各年分のスリッター業における売上金額は、別紙3の<1>欄の各(a)欄記載のとおりである。その取引先明細は、別紙4に記載されたとおりである。
イ 算出所得金額
原告の本件係争各年分のスリッター業における算出所得金額は、前項に指摘した各売上金額に、別紙3の<2>欄の各(a)欄記載の同業者の算出所得率の平均値(平均算出所得率。その算定の基礎となる同業者の所得率は別紙2の1ないし3に記載のとおり。)をそれぞれ乗じて算出され、別紙3の<3>欄の各(a)欄記載のとおりとなる。
(2) 持ち帰り弁当製造販売業について
ア 売上金額(争いがない。)
原告の本件係争各年分の持ち帰り弁当製造販売業における売上金額は、別紙3の<1>欄の各(b)欄記載のとおりである。これらの金額は、原告がほっかほっか亭京滋地区本部へ報告した金額である。
イ 算出所得金額
原告の本件係争各年分の持ち帰り弁当製造販売業における算出所得金額は、前項において指摘した各売上金額に、別紙3の<2>欄の各(b)欄記載の同業者の算出所得率の平均値(平均算出所得率。その算定の基礎となる同業者の所得率は別紙2の4ないし6に記載のとおり。)をそれぞれ乗じて算出され、別紙3の<3>欄の各(b)欄記載のとおりとなる。
(3) 原告の本件係争各年分の算出所得の合計金額は、右の(1)と(2)を併せたものであり、別紙3の<3>欄の各(a)+(b)記載のとおりとなる。
(三) 特別経費の金額(争いがない。)
(1) 利子割引料
原告の本件係争各年分における利子割引料の金額は、別紙3の<4>欄記載のとおりであり、いずれも原告が京都市農協松尾支店に対して支払った借入金に係る利息額である。
(2) 営業権償却費
原告の本件係争各年分における営業権償却費の金額は、別紙3の<5>欄記載のとおりである。
いずれも原点が昭和五七年八月にほっかほっか亭チェーン連盟加入契約を締結した際、ほっかほっか亭京滋地区本部に対してフランチャイズ加盟料として支払った八〇万円及び昭和六二年八月に同本部に対して右契約の更新料として支払った一〇万円に対する償却費であり、その計算方法は次のとおりである。
昭和六二年分 八〇万円÷六〇月(五年)×七月=九万三三三四円
一〇万円÷三六月(三年)×五月=一万三八八九円
合計一〇万七二二三円
同六三年分 一〇万円÷三六月(三年)×一二月=三万三三三四円
平成元年分 一〇万円÷三六月(三年)×一二月=三万三三三四円
(四) 事業所得の金額
原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(二)(3)の当該各年分の算出所得金額の合計額から前項記載の当該各年分の特別経費の合計額を差し引いた金額であり、別紙3の<7>欄記載のとおりである。
(五) 利子所得の金額(国府美津子名義の定期貯金に係る利子所得以外の点は争いがない。)
(1) 原告は、京都市農協松尾支店に原告名義及び仮名・借名の定期貯金口座を設けており、右各定期貯金に係る利子所得の金額は別紙5中「(1)利子所得の金額」<1>欄に記載されたとおりである。
なお、別紙5(1)における国府美津子名義の定期貯金に対する昭和六三年分の受取利息として記載された五五万八八二二円は、同定期貯金が実質原告に帰属するものと認められることから、その受取利息も、原告に直接支払われたものと認めたものである。
(2) また、原告の京都中央信用金庫本店分の原告名義の定期預金に係る利子所得の金額は、別紙5の<2>欄記載のとおりである。
(3) したがって、原告の本件係争各年分の利子所得の金額は、(1)と(2)の合計額から、原告名義の定期貯金利息のマル優分(別紙5(1)の<1>欄の※印の金額)を控除した金額であり、別紙5(1)の<5>欄記載のとおりとなる。
(六) 雑所得の金額(争いがない。)
(1) 原告が京都市農協松尾支店に設けた定期積金に係る給付補てん金の額は別紙5(2)の<1>欄記載のとおりである。
(2) 原告が京都中央信用金庫桂支店に設けた原告名義の定期積金に係る給付補てん金の額は別紙5(2)の<2>欄記載のとおりである。
(3) したがって、原告の本件係争各年分の雑所得の金額は、(1)と(2)の合計額であり、別紙5の<3>欄記載のとおりとなる。
(七) 総所得金額
そうすると、原告の本件係争各年分の総所得金額は、これまで指摘した事業所得の金額、利子所得の金額及び雑所得の金額の合計額であり、その金額は別紙3の<10>欄記載のとおりである。
したがって、本件各処分は、原告の本件係争各年分の総所得金額の金額の範囲内でしたものであるからいずれも適法である。
二 原告
1 調査手続の適法性(争点1)及び推計の必要性(争点2)について
担当職員は原告に対する本件税務調査のため原告事業所へ臨場するのに際し、正当な理由がないのに事前通知の励行を怠るとともに、本件税務調査の目的についても何ら合理的理由を明らかにしなかった。また、担当職員は本件税務調査のために原告方に臨場しながら、原告以外の第三者が立ち会っているということだけを理由に調査を実施しようとしないまま引き上げた。そして、担当職員は独自に反面調査を行う一方で、その調査結果を原告に説明せず、修正申告の慫慂も行わなかった。さらに、担当職員は原告が西京民主商工会の会員であるために予断と偏見をもって本件税務調査を行い、もって西京民主商工会ないしその会員に対する不当な弾圧を行った。
したがって、担当職員は本来適法に行うべき調査をしておらず、本件では、推計課税を行う要件を欠いているといわなければならない。
2 推計の合理性(争点3)について
(一) スリッター業について
(1) 被告による同業者の抽出方法は、右京税務署管内にある原告と同規模の幅広スリッター業者である十倉スリッターが落とされている点が不合理である。
また、スリッター取引においては、紙管、紙箱等の全ての材料を注文者が供給する場合とスリッター業者が自己調達する場合とがあり、後者の場合、スリッター業者は紙管、紙箱等の材料の費用を注文者に請求するため、注文者に対する請求金額の中には、純粋な加工代金のほかに材料の調達費が含まれることになるところ、原告の場合には、後者の取引形態が比較的多かったため、純粋な所得金額は取引金額から材料調達費用を控除した金額となる。しかし、被告の推計は原告が材料を自己調達しているか否かの取引形態の区別を明確にしないまま一律に取り扱っている点で合理性がない。
(2) また、同業者の所得率を用いて原告の所得金額を算出する場合には、原告が負担した紙管や紙箱、段ボールケース等の材料費及び運送費を特別経費として売上金額から控除すべきである。なぜなら、材料費や運送費は通常注文者が負担すべきものであるが、原告の場合、原告が注文者に代わって独自に負担していたからである。
そして、原告が本件係争各年において負担した紙管、紙箱、段ボールケース等の材料費及び運送費は、昭和六二年が一一八万五三六八円、同六三年が一八四万一七〇〇円、平成元年が一三一万九九四三円であるから、これらの材料費及び運送費を売上金額から控除した金額は、昭和六二年が八二三万六二二九円、昭和六三年が一二八三万一四八〇円、平成元年が九九六万七八一二円となる。
そうすると、本件係争各年分の売上金額から右に指摘した材料費及び運送費を控除した金額に被告が用いた平均算出所得率を乗じて本件係争各年分のスリッター業における原告の算出所得金額を計算すると、昭和六二年が三〇六万四七〇〇円、昭和六三年が四一九万三三二七円、平成元年が三一〇万四九七三円となる。
(3) また、スリッター業の中でも、通常の紙質のスリッターを扱う場合と金糸のスリッターを扱う場合とでは所得率がかなり異なる上、特に金糸のスリッターのうちマイクロスリッターの場合、通常の幅広の大切りスリッターに比べて切り幅が精密であるために付加価値が高くなるところ、原告の扱うスリッターは全て一般の紙であり金糸のマイクロスリッターを扱っていないため、金糸のスリッターを扱う業者に比べて所得率がかなり低い。しかし、被告が推計に用いた同業者は全て所得率の高い金糸のマイクロスリッターを扱っている業者が多く存在する宇治市内の業者である。被告の推計は、このような業態の差異を捨象して行われているから合理性がない。
(二) 持ち帰り弁当製造販売業について
(1) 持ち帰り弁当製造販売業の場合、通常は経営規模が極めて小さく経営者自身あるいはその家族も営業に従事している場合が多い。そして、このような場合には経営者本人あるいは家族従事者が働いた部分については必要経費としては計上されず全て所得金額となる。特に経営者のほかに営業に従事する者が二、三人に限られる小規模な業者の場合には経営者本人が稼働した部分が所得金額に占める割合はかなり大きいといわなければならない。
この点原告は、持ち帰り弁当製造販売業の営業行為には全く従事せず、全て雇人に営業行為を担当させているから、経営者自身が営業に従事している場合と比較して所得率はかなり低くなる。ところが、被告の行った推計は、右に述べたような同業者と原告との間における営業形態における特殊事情を捨象している点で合理性がない。
(2) また、平均算出所得率の基礎となる同業者の所得率に大きな懸隔があるにもかかわらず、それらの同業者における個別的具体的事情を無視して算出した本件の平均算出所得率には客観性、普遍性があるとはいえないから、これに基づく被告の推計には合理性がない。
(三) 利子所得金額について
国府美津子は夫の遺族年金を三か月に一回の割合で京都市農協松尾支店の国府美津子名義の普通預金口座への振込みにより需給し、これがある程度の金額に達した都度定期貯金に振り替えていた。こうして貯めた定期貯金のうち一口(元金三〇〇万円)が昭和六三年一二月二〇日に満期となったため、これを同人が同月二四日に解約したが、その際約定利息五五万七九〇〇円及び満期後利息九二二円を合計した五五万八八二二円を同人が受領するとともに、元金三〇〇万円を新たに定期貯金として預けた。
したがって、被告主張の利子所得金額のうち、京都市農協松尾支店の国府美津子名義の定期貯金に係る昭和六三年分の利子所得金額五五万八八二二円は国府美津子のもので原告の所得に帰属しない。
第四争点に対する判断
一 調査手続の適法性(争点1)について
1 所得税法二三四条一項所定の質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行う上で法律上一律の要件とされているものではない(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁)。
また、いわゆる反面調査は、税務職員の質問検査権の一態様として認められている権限であり、特に納税義務者の承諾を得る必要はなく、質問検査を必要とする客観的理由が存在する限り、右の要件の下で調査を行うことができると解される。
2 そこで、これを本件についてみるに、証拠(証人中間、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件税務調査の経緯について以下の事実が認められる。原告本人尋問の結果中、認定部分に反する部分は採用できない。
平成二年一一月七日、担当職員中間英義(以下「中間」という。)は原告方に赴いて、スリッター事業所内で原告と面接し、身分証明書を示した上、原告の昭和六二年分から平成元年分の所得税確定申告の正確性について調査に来た旨告げたが、原告から「今日は忙しい。また連絡する。」と言われ、その日の調査を拒まれたため、原告に対し、翌週にも電話を架けてくるように要請するにとどめてその場を辞去した。
しかし、翌週になっても原告から何ら連絡がなかったため、中間は同月一五日に原告に電話を架け、帳簿書類を提示し調査に協力するように伝えるとともに、原告との間で同月二二日に原告方へ臨場することを約束した。
ところが、一一月一九日、中間の出張中に、原告から右京税務署に同月二二日に会う約束は取りやめる旨の連絡が入った。
そこで同月二〇日、中間は原告に電話を架け、調査に応じるように要請したところ、原告から「会うのは会う。一一月二六日に必ず電話する。」と言われ、これを了承した。
ところが、同月二六日に至るまで原告から電話がなかったため、中間は原告に電話を架け、調査日について話をしたところ、原告からは、仕事の都合を検討して連絡するとのことであったため、原告に対し、同月二七日中に連絡してくるよう要請した。また、その際、中間はかつて、昭和五九年ないし六一年分の所得税の調査の際原告が調査に関係のない第三者を立ち会わせたとの経過を右京税務署の統括官から聞いていたので、原告に対し、第三者の立会いのない状態での調査協力をお願いしたい旨述べたが、これに対し原告からは「そのことは、今裁判で争っている。」との応答しか得られなかった。
平成二年一一月二七日、原告から中間に対し電話で、「調査日を一二月六日にしてほしい。」との要請があり、中間はこれを了承した。
同年一二月六日、中間が原告方に臨場し原告と面接したところ、その場に、西京民主商工会の事務局員の村上及び小西が同席していた。中間は、右の者の立会いの下で調査を進めることは、国家公務員法及び所得税法上の守秘義務違反並びに税理士法違反になるおそれがあると考えて、原告に対し右両名を退席させるように要請するとともに、帳簿、請求書及び領収書等を提示するように求めたが、原告からは「税務署は信用できない。事前通知や調査理由を具体的に明らかにせよ。納得できる回答を得られるまでは調査に応じられない。」などと言われ、要請を拒絶されたため、以後の調査を断念し、その場を辞去した。
そして、同日、中間は帰署後原告に電話を架け、事前通知を行わなかったのは統括官の指示によるものであること、また、調査理由は昭和六二年ないし平成元年分の所得税確定申告額の正確性の確認である旨述べるとともに、年内に第三者の立会いなしで帳簿書類を提示するよう求めたところ、原告から「年内に会うのは困難なので、来年会う日を年内に連絡する。」との回答を得た。
ところが、その後、同年一二月一一日に至るまで原告から連絡がないため、中間は原告に電話を架け、原告との間で、同月二一日に原告方に臨場することを約束するとともに、第三者の立会いなしで調査に応じてもらえるかについて確認したが、原告からは「考えておく。」との返事にとどまった。
同月二一日、中間が原告方に赴いたところ、再度その場に前記村上及び小西が同席していたため、原告に対し、第三者を退席させて帳簿書類を提示するよう要請したが、原告からこれを拒否された。
また、原告からの「調査理由をもっと具体的に説明せよ。」との要求に対し、中間は、事前通知の件及び調査理由の件は先日の電話で説明済みである旨答えた。
さらに原告から「帳簿書類を見せたら反面調査しないか。」と言われたのに対し、中間はまず第三者の立会いがない状況で帳簿書類等を確認し、その結果問題があれば反面調査が必要になる場合もある旨述べたが、原告からは「もっと安心して帳簿書類が提示できる言葉が欲しい。」との答えがあるのみで、帳簿の提示を受けることができなかった。
そこで、中間は原告に対し「このままでは調査が進展しないので当方で調査を進める。」と述べたところ、原告から「年明けまで考えさせてほしい。」との申し入れがなされたため、平成三年一月一一日までに原告から中間に電話するとの約束を取り付け、その場を辞去した。
平成三年一月一一日、中間は原告に電話を架け、同月二〇日過ぎころが都合が良いとの原告の要望を入れ、同月二一日に原告方に臨場することを約束した。
ところが、同月一九日、原告から中間に電話があり「一月二一日は都合が悪いので一月二九日以降にしてほしい。」との要請があった。この時、中間は、原告に対し帳簿書類の提示について意向を確認したが、原告からは「反面調査をしないというのであれば帳簿を見せる。」ということであったので、これに対して「反面調査については、帳簿を見ないと判断できないのでその点は約束できない。」旨答え、これ以上協力を得られないと判断し、「当方で調査を進める。」と述べた。
その後、原告から連絡がないので、同年二月五日、中間は原告に電話を架け、改めて第三者の立会いのない状況で帳簿書類を提示するよう要請したが、原告から「今更何が見たいんや、全部調べたんやろ。」「慎重に考えなあかんし、相談したい人もいるし。」などといった応答しか得られなかったため、原告に対し「更正処分を行わざるを得ないので二月七日までに連絡するように。」と述べた。
同月七日、原告から中間に電話があり、第三者の立会いのない状況で帳簿書類等を提示する旨の申し入れがなされたため、中間は同月一四日に原告方に臨場することを約束した。
同月一四日、中間は原告方に臨場して第三者の立会いなく、原告と面接し、原告に対し帳簿書類の提示を求めたところ、原告からは持ち帰り弁当業に関する京都市農協松尾支店の普通預金の移動明細表の提示しかなされなかった。このため中間は原告に対し、その他の帳簿書類の保存の有無を尋ねたところ、原告からは他には何も残っていないとの回答であった。
そこで中間は、帳簿等がなく経費等も不明の状態では実額計算ができないため推計せざるを得ないと判断し、反面調査を実施することにした。
なお、その後の調査手続の過程で担当職員が原告に修正申告を慫慂することなく、また、反面調査の結果は原告に報告されなかった。
以上の事実が認められ、原告主張の、担当職員が原告が西京民主商工会の会員であることを理由に予断と偏見をもって本件税務調査を行ったとの事実は本件全証拠によっても認められない。
3 右認定事実によれば、担当職員は、調査の初日には、事前の通知を行っていないが、その日は調査を行っておらず、その後の三回の臨場は、いずれも原告の都合を事前に確認した上で行っていること。しかし、原告が第三者を立ち会わせようとしたため、担当職員が守秘義務違反等のおそれがあるとの判断で質問検査を行わず、最後は第三者の立会いがなかったが、原告において十分な帳簿等の保管がなかったため最終的に反面調査を行ったこと、反面調査の結果は原告に報告されておらず、また、調査手続の過程で担当職員が原告に修正申告を慫慂しなかったことが認められる。
右の事実中、反面調査の結果報告や修正申告の慫慂は法律上、税務職員に義務付けられたものでなく、また、これを含め調査手続上、担当職員の行為に、裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が原告との利益衡量において、社会通念上相当な限度を越え違法であるとする評価すべき事実は存せず、その他本件全証拠によるも本件税務調査を違法とする事由は認められない。
よって、本件税務調査は適法であるといえる。
二 推計の必要性(争点2)について
前記一2の認定事実によれば、本件税務調査に当たった担当職員は、三か月余の間に原告との間で一〇回の電話連絡し、原告方に三回臨場し、原告に対して、再三税務調査への協力を求めたが、原告が調査に関係のない第三者の同席を要求し、あるいは、必要な帳簿等の保管、提示をしなかったため、結局帳簿書類の確認をすることができなかったという経緯が認められる。
右の経緯によれば、被告が原告の本件係争各年分の所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったことが認められる。
三 推計の合理性(争点3)について
1 事業所得の金額
(一) 同業者の抽出経緯等
(1) 同業者の抽出経緯
ア 証拠(乙一の一ないし乙二の七、証人長田)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
大阪国税局長は、本件における推計課税のため、原告の事業所所在地を所轄する被告及びその隣接地域を所轄する京都府下の上京、中京、下京、伏見、宇治及び園部の各税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、<1>スリッター機を用いて紙、ビニール等の受託加工業(スリッター業)を営む者及び<2>持ち帰り弁当製造販売業(ただし、ほっかほっか亭チェーンに仮名する者に限る。)を営む者で、本件係争各年分を通じて次の(ア)ないし(カ)の条件のいずれにも該当する全ての者を抽出報告するよう通達指示した。
(ア) 青色申告書を提出していること。
(イ) 事業所が上京、中京、下京、右京、伏見、宇治及び園部の各税務署管内にあること。
(ウ) 他の業種目を兼業(明確に区分計算している者を除く。)していないこと。
(エ) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
(オ) 売上金額が<1>については五〇〇万円以上二九〇〇万円未満であり、<2>については一七〇〇万円以上七五〇〇万円未満であること。
(カ) 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。
なお、右の(オ)の売上金額の範囲は、<1>、<2>とも、原告の昭和六三年分の売上額の約二倍を上限とし昭和六二年分の売上額の約〇・五倍を下限として設定された。
右の結果抽出された同業者は、<1>スリッター業を営む者が五名と<2>持ち帰り弁当製造販売業を営む者が七名であり、その売上金額、算出所得金額、算出所得率及び平均算出所得率は、<1>スリッター業を営む者が別紙2の1ないし3、<2>持ち帰り弁当製造販売業を営む者が別紙2の4ないし6記載のとおりであった。
なお、原告は、スリッター業の同業者として右京税務署管内で原告と事業規模の類似する幅広スリッター業を営む業者(十倉スリッター)が抽出されていない点を不当であると主張し、なるほど、甲二二九及び弁論の全趣旨によれば、右業者が昭和五八年ないし同六一年分の所得税更正処分取消訴訟(当庁昭和六三年(行ウ)第一六号事件)においては、右の業者が当該係争年分において、抽出基準を満たしていた事実が認められる。しかし、前掲各証拠によれば、右の業者は、本件係争各年分においては右の(ア)ないし(カ)の条件のいずれかが欠けていたため同業者として抽出されなかったものと認められるので、原告の右主張は理由がない。
イ そして、右の同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであるといえ、その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。
同業者数も<1>スリッター業を営む者が五名、<2>持ち帰り弁当製造販売業を営む者が七名であるから、同業者の個別性を平均化するに足りるものである。
したがって、同業者の算出所得率の平均値を基礎に算出された原告の本件係争各年分の両事業の所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があるものということができる。
(2) スリッター業について
ア 原告は、スリッター取引においては、紙管等の材料を注文者が供給する取引形態とスリッター業者が自己調達する取引形態とで所得金額が異なり、原告は、後者の取引が比較的多いのに、この取引形態の区別を明確にしないで一律に推計している点が不合理であると主張する。
しかし、原告本人尋問の結果によれば、材料をどちらが負担するかは注文者と業者との個別の交渉によって決まるものであることが認められ、スリッター業者ごとに、どちらの取引形態をとるかに特段の偏りがあるとは認められないから、この点について業者ごとに差異があるとしても、それは事柄の性質上、同業者との間に通常存在する程度の差異として、平均値の中に吸収されるものというべきである。
また、原告は材料を自己調達する取引が比較的多かった旨主張し、なるほど甲一八〇、二〇七ないし二一七によれば、原告が材料の仕入れをしている事実が認められるが、本件係争各年分の原告のスリッター業の売上金額及び売上先が別紙4記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、東邦紙工株式会社との取引では、同社が材料を供給したことが認められ、別紙4によれば、同社に対する売上げが、原告の売上金額に占める割合は、昭和六二年分では約四五パーセント、昭和六三年分では約五八パーセント、平成元年分では約八二パーセントであることが認められる。これらによれば、昭和六三年分及び平成元年分では、むしろ注文者が材料を供給する取引の方が多数であり、昭和六二年分でも、自己調達による取引に偏っているとまでもいえないことからして、この点でも原告の主張は採用できない。
イ 原告は、同業者の平均所得率を用いて原告の所得金額を算出する場合には、原告が負担した紙管や紙箱、段ボールケース等の材料費及び運送費を特別経費として売上金額から控除すべきであると主張する。
しかし、材料費の点については、前項に説示したとおり、同業者の所得率は業者ごとに、二つの取引形態のどちらかが多くなっているのを平均化しているものであるから、これを用いて原告の算出所得金額を算定する際、ここから原告の材料費を減額すべきではない。
また、スリッター業における運送費の点については、原告本人尋問中に、これを注文者が負担するのが取引上一般的であるのに、原告は自らこれを負担していたとする部分があるが、運送費を注文者が負担することが取引慣行上確立しているとまで認められる確実な証拠はなく、むしろ、原告自身、他方で、売上げを伸ばすという理由だけで、これを負担していた旨述べているところからしても、この負担者については注文者と業者との間の個々の取引における交渉で決まる要素が強いものと推認される。そうすると、運送費の負担もスリッター業者の中で取引先に応じて負担の有無が異なるものと推認されるから、この点は、同業者の所得率の平均値の中に吸収されるものと解される。したがって、運送費についても、原告が負担した部分を減額すべきではない。
ウ 原告は、自己の幅広スリッター業を営んでいるのに対し、同業者は所得率の高いマイクロスリッター業者であり、両者の間では所得率が大きく異なると主張し、原告本人もこれに沿う供述をしている。
しかし、同業者がマイクロスリッター業者であること、及びスリッターの対象の違いにより所得率に大きな差異があることについて、原告の供述に的確な裏付証拠はなく、むしろ乙五及び六によれば、近年はマイクロスリッター業が対象とする素材は、かつてのように真正の金箔の和紙ではなく、九〇パーセント以上がポリエステルフィルムであることから、裁断の対象によって付加価値が高まり所得率が上がるということはなく、また、マイクロスリッター業は切り幅が精密になる分加工賃が上がるが、逆にそれだけ時間と手間がかかるので幅広スリッター業との間で所得率は余り変わらないことが認められる。よって、原告の右主張は採用できない。
(3) 持ち帰り弁当製造販売業について
ア 原告は、持ち帰り弁当製造販売業において、自らその営業に従事していないが、経営者が従事するか否かで所得率は大きく異なるのに、被告がこの点を捨象した推計をしているのが不合理である旨供述する。
しかし、甲一及び二二〇によれば、本件で抽出された同業者の「右京B」は、経営者が直接製造販売に従事していなかったことが認められる一方、甲一によれば、「右京B」の業者以外は「就労」しているとされているものの、この「就労」の意味が必ずしも明確でない上、仮に「就労」が店舗における製造販売活動を指すとしても、「就労」しているとされる経営者がどの程度の時間現実に従事しているかは明確でない(一日一時間程度のものも含まれている可能性が否定できず、そうだとすると、全く従事していない経営者との経営条件の差異は余りないことになる。)から、右各書証をもって直ちに、経営者が製造販売に直接従事しないことと、所得率の高低に明確な差があることまで認めることはできない。
また、甲五によれば、ほっかほっか亭のフランチャイズシステムにおいては、月商三〇〇万円(年商三六〇〇万円・ほぼ原告に匹敵する。)の場合には、店長一名を雇い、パートの労働時間を一日延べ二二時間と仮定するのが標準的とされていることが認められ、このような規模の店舗であれば、経営者が製造販売に直接従事しなくても、従業員の構成とその報酬をどのように設定するかにより、人件費の点はある程度柔軟に対応できる可能性があると解される(例えば、常勤の店長を置くかパート従業員のみに任せるかでも人件費がかなり異なることは甲二二〇によっても裏付けられている。)上、経営者自身が直接製造販売に従事しない分、経営者が顧客を増やすための営業活動や経営の見直し、新規計画の策定等に当てる時間を多くとれるという営業上の利点があるから、経営者が直接従事するか否かは、同業者の平均所得率の算出に当たって捨象することができない特殊事情とまではいえないと解される。
よって、その余の点について判断するまでもなく原告の前記主張は採用できない。
イ 原告は、被告が推計に用いた平均算出所得率は、その基礎となった同業者の所得率に大きな懸隔があるにもかかわらず、被告においてそれらの同業者の個別的事情を無視して一律に平均化して算出したものであるため、客観性、普遍性があるとはいえない旨主張する。
しかし、前記説示のとおり、本件推計課税に当たっての同業者の選定基準は、合理的なものであるといえ、このような基準で抽出された業者間でも投下した資本の回収の程度、営業努力及び経営の合理化の巧拙等によって所得率が相当程度異なることはいわば当然のことといえ、本件における同業者の各所得率の懸隔から直ちに所得率の平均値に合理性がないとはいえないから、原告の右主張は採用できない。
(二) 売上金額及び算出所得金額
(1) スリッター業について
ア 売上金額
原告の本件係争各年分のスリッター業における売上金額が、別紙3の<1>欄の各(a)欄記載のとおり、昭和六二年分が九四二万一五九七円、同六三年分が一四六七万三一八〇円、平成元年分が一一二八万七七五五円であることは当事者間に争いがない。
イ 算出所得金額
証拠(乙二の六、証人長田)によれば、同業者の売上金額、算出所得金額及び算出所得率は、別紙2の1ないし3記載のとおりであると認められる。前項の本件係争年分の各売上金額に、別紙2の1ないし3記載の同業者の算出所得率の平均値を乗じて得られる原告の算出所得金額は、別紙3の<3>欄の各(a)欄記載のとおり、昭和六二年分が三五〇万五七七六円、同六三年分が四七九万五一九五円、平成元年分が三五一万六一三五円となる。
(2) 持ち帰り弁当製造販売業
ア 売上金額
原告の本件係争各年分の持ち帰り弁当製造販売業における売上金額が、別紙3の<1>欄の各(b)欄記載のとおり、昭和六二年分が三三九一万四八四〇円、同六三年分が三七七九万五八三〇円、平成元年分が三五八四万二六九〇円であることは当事者間に争いがない。
イ 算出所得金額
証拠(乙二の一、四、五及び六、証人長田)によれば、同業者の売上金額、算出所得金額及び算出所得率は、別紙2の4ないし6記載のとおりであると認められる。
前項の本件係争年分の各売上金額に、別紙2の4ないし6記載の同業者の算出所得率の平均値を乗じて得られる原告の算出所得金額は、別紙3の<3>欄の各(b)欄記載のとおり、昭和六二年分が五〇八万〇四四三円、同六三年分が五〇二万六八四五円、平成元年分が四七一万三三一三円となる。
(3) 算出所得金額の合計額
原告の本件係争各年分の算出所得の合計金額は、右の(1)と(2)を合算したものであり、別紙3の<3>欄の各(a)+(b)欄記載のとおり、昭和六二年分が八五八万六二一九円、同六三年分が九八二万二〇四〇円、平成元年分が八二二万九四四八円となる。
(三) 特別経費の金額
(1) 利子割引料
原告の本件係争各年分における利子割引料の金額が、別紙3の<4>欄記載のとおり、昭和六二年分が三万六二五八円、同六三年分が一八万四九五七円、平成元年が一二万一五五〇円であることは当事者間に争いがない。
(2) 営業権償却費
原告の本件係争各年分における営業権償却費の金額は、別紙3の<5>欄記載のとおり、昭和六二年分が一〇万七二二三円、同六三年分及び平成元年分が三万三三三四円であることは当事者間に争いがない。
(3) 特別経費の合計額
原告の本件係争各年分の特別経費の合計額は、右の(1)と(2)を合算したものであり、別紙3の<6>欄記載のとおり、昭和六二年分が一四万三四八一円、昭和六三年分が二一万八二九一円、平成元年分が一五万四八八四円となる。
(四) 事業所得の金額
原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(二)(3)の当該各年分の算出所得金額の合計額から前項の当該各年分の特別経費の合計額を差し引いた金額であり、別紙3の<7>欄記載のとおり、昭和六二年分が八四四万二七三八円、同六三年分が九六〇万三七四九円、平成元年分が八〇七万四五六四円である。
(5) 利子所得の金額
(1) 別紙5中「(1)利子所得の金額」<1>欄記載の京都市農協松尾支店分の利子所得の金額のうち、国府美津子名義の定期貯金(以下「本件定期預金」という。)以外の利子所得が、原告に帰属することは争いがない。
そして、本件定期貯金の利子所得の金額自体については争いがないが、原告本人は、右各貯金は母国府美津子の貯金であると供述し、甲二二四中にもこれに沿う部分がある。
しかし、乙七及び弁論の全趣旨によれば、本件定期貯金は別紙6記載のとおり、昭和五七年以降更新を繰り返しながら継続されており、その利子は、京都市農協松尾支店に存する国府美津子名義の普通貯金口座(この口座の存在は当事者間に争いがい。)には振り込まれず、昭和五八年一一月二六日から昭和六〇年一二月二〇日までの間の受取利息の合計五二万九二六九円の全てが、同支店に開設されている原告の普通貯金口座に振り込まれていることが認められ、また、同支店には、他にも原告の上田良和等の仮名ないし借名による口座が設けられていたことが認められる。右の認定事実からすれば、前記の原告本人の供述は採用できず、本件定期貯金は、原告のものであると推認され、したがって、本件定期貯金の利子も原告が取得したものと推認される。
以上から、京都市農協松尾支店における定期貯金に係る利子所得の金額は、別紙5(1)の<1>欄に記載されたとおり、昭和六二年分が一八万一三二四円、同六三年分が一五八万九四八七円、平成元年分が二万一四五五円であると認められる。
(2) また、原告の京都中央信用金庫本店分の原告名義の定期預金に係る利子所得の金額が、別紙5(1)の<2>欄記載のとおり、昭和六二年分が一〇万七三八〇円、同六三年分が四万九六〇八円であることは当事者間に争いがない。
(3) したがって、原告の本件係争各年分の利子所得の金額は、右の(1)と(2)の合計額から、原告名義の定期貯金利息のマル優分(別紙5(1)の<1>欄の※印の金額)を控除した金額であり、別紙5(1)の<5>欄記載のとおり、昭和六二年が一〇万七三八〇円、同六三年分が一五万三〇〇九円となる。
(六) 雑所得の金額
(1) 原告が京都市農協松尾支店に設けた定期積金に係る給付補てん金の額が別紙5(2)の<1>欄記載のとおり、昭和六二年分が一〇万一〇八八円、平成元年分が二万三四二七円であることは当事者間に争いがない。
(2) 原告が京都中央信用金庫桂支店に設けた原告名義の定期積金に係る給付補てん金の額は別紙5(2)の<2>欄記載のとおり、昭和六三年分が四万三一二八円であることは当事者間に争いがない。
(3) したがって、原告の本件係争各年分の雑所得の金額は、右の(1)と(2)の合計額であり、別紙5(2)の<3>欄記載のとおり、昭和六二年分が一〇万一〇八八円、昭和六三年分が四万三一二八円、平成元年分が二万三四二七円(いずれも被告の主張と同額)となる。
(七) 総所得金額
そうすると、原告の本件係争各年分の総所得金額は、前記の事業所得の金額、利子所得の金額及び雑所得の金額の合計額であり、その金額は別紙3の<10>欄記載のとおり、昭和六二年分が八六五万一二〇六円、同六三年分が一一一六万九八八六円、平成元年分が八〇九万七九九一円である。
第五結論
以上のとおりであるから、本件税務調査に推計課税の取消事由となる違法は認められず、被告のした推計には必要性及び合理性が認められる。そして、被告の推計による本件処分は、いずれも前項で認定した総所得金額の範囲内でなされた適法な処分であり、これに違法な点はない。
よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 芦澤政治 裁判官 吉岡茂之)
別表1
課税の経緯
<省略>
別紙2の1
スリッター業の同業者の所得率一覧表(昭和62年分)
<省略>
別紙2の2
スリッター業の同業者の所得率一覧表(昭和63年分)
<省略>
別紙2の3
スリッター業の同業者の所得率一覧表(平成元年分)
<省略>
別紙2の4
持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率一覧表(昭和62年分)
<省略>
別紙2の5
持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率一覧表(昭和63年分)
<省略>
別紙2の6
持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率一覧表(平成元年分)
<省略>
別紙3
総所得金額の計算
<省略>
別紙4
スリッター業に係る収入金額明細表
<省略>
別紙5
利子所得・雑所得の金額の内訳
(1) 利子所得の金額
<省略>
(2)雑所得の金額
<省略>
別紙6
国府美津子名義に係る定期貯金の動き(京都市農業協同組合松尾支店)
<省略>